社長さんは、大手事務機のメーカーの元社員、総務課長として長く活躍した。何ごともなく、定年退職まで働くところだった。それが30代後牛になって社内に内紛が起き、すっかり嫌気がさした社長さんは後先考えずに退職を決意する。家族を抱えての退職は気がいる。しかし、一度決めたら頑として動かない社長さんは、会社を辞め、仲問と三人で新会社を作る。だが、共同経営の会社は長続きしなかった。すぐに破綻する。「共同会社はあきまへん。二度とするもんやおまへんなあ、一文無しになってしもうて、どうしょうか、リサイクルやる以外思いつかへんのですわ。それで日本橋の百貨店の一角でまたこの商売をはじめたんです。何しろ一文無し、お金がないもんやから大変ですわ。仕入れは、粗大ゴミを扱う市場で仕入れたり、ほんま、苦労しました。一年ぐらいしてからですね。今の場所に移ったのは。でも、思いましたよ。サラリーマンのほうがずっと楽やったなあと。なんで辞めたんやろ。最初のうちは何度も後悔しました。資金繰りが大変でしたから。でも、今思うに、あのまま勤めていても小さな家、一軒持てたかどうか。それを思うたら、やっぱり辞めてよかったんかな…と。家も持てましたし」。メーカーで働いた実績がこの仕事で生きることになる。事務機に関してのノウハウがあるのと、商品の流れを熟知していること、それに顔がきくので仕入れもうまくいく。また、メンテナンスも経験があるから自分でやれる、何よりもそれが大きかったと当時を振り返り語る。